PPSDって知ってる? パンデミックが心に与える影響とは
実は思っているよりも多い
この1年を振り返ってみると、多くの人が心の健康に悩んでいただろう。これまでに起こったことを整理して理解しようとしたり、私たちが直面した変化や困難につねに適応しようとしたりしたことから、パンデミックを生き抜くことは並大抵のことではなく、多くの人が後遺症を抱えることになった。実際、世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長は、パンデミック後の数年間、世界は大規模な精神的トラウマに備えなければならないと宣言した。また、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、第二次世界大戦よりも多くの「大規模なトラウマ」を引き起こしていると付け加えた。今回はPPSDについてご紹介する。
英国の代表的な心理療法士であり、元NHSメンタルヘルス臨床責任者であるオーウェン・オケイン氏に話を聞いたところ、彼は「パンデミック後ストレス障害(PPSD)」という新しい障害の認定を求めてキャンペーンを展開した。PPSDは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と多くの点で類似しており、英国でのパンデミックを脱した後の数カ月間に、心的外傷後の反応を経験する人がいると予測する仮説で、PTSDが心的外傷後の数カ月から数年後に発症するのと似ているという。
では、どのような兆候や症状に注意するべきなのか、また、影響を受けていると思われる人をどのように支援すればよいのか。ここでは、パンデミック後のストレス障害について知っておくべきことを、オケイン氏に聞いた。
PPSDって? PTSDとの違いは何?
心的外傷後ストレス障害は、トラウマになるような出来事を経験した人に起きる。心的外傷を負った出来事を見たり、目撃したり、経験したりした後、数カ月から数年後に、不安や抑うつ、フラッシュバック、睡眠障害などのPTSDの症状が出てくる。この1年、多くの人が多かれ少なかれ何らかのトラウマを経験しており、それがPPSD(Post Pandemic Stress Disorder:パンデミック後ストレス障害)の原因になっている。
「パンデミックの不確実性、予想外の出来事、1年間閉じ込められていたこと、毎日の恐ろしいニュース、人命の損失、経済的困難、政府との対立など、絶え間なく続く悪いニュースは、多くの人にさまざまな形で影響を与えていました。強調しておきたいのは、PPSDは正式な診断名ではないということ。現時点では、PTSDと同じような症状が出る可能性があると仮定のもとで話しています」とオケイン氏は説明する。人生のあらゆることがそうであるように、表面だけでなく、それを超えて見る必要がある。多くの場合、不安、抑うつ、怒り、恐怖、パニックなどは、他の何かが起きていることを示す症状である。こういった症状の多くは、この1年間に起きたことと絶対的、かつ直接的に関連していると思い、それを軽視しないことが大切。
PPSDの症状とは?
PPSDは、PTSDと似たような症状を示す。主要な症状はあるが、全員が以下のような症状をすべて発症するわけではない。
・気分の変化
・不安感の増大やパニック状態
・特定の瞬間が繰り返される
・警戒心が強くなる
・人と会うのを避ける
・睡眠が断続的になる
・何かの依存症を発症する
明らかに、気分の変化は大きな問題だ。気分を調整することが困難になったり、不安レベルが上昇したり、パニックになったり、細かいことを気にかけたり、特定の瞬間のことを考え続けたりして、それを乗り越えることができないなど。警戒心が強くなり、何かをするのを避けたり、人に会うのを避けたりすることもあるだろう。また、睡眠障害やアルコールや薬物による頼ってしまうなど。このように、さまざまな形で症状が現れてくる。
私たちが気をつけなければならないのは、ただ単に「今、不安に苦しんでいる人」として扱わないこと。不安に対処するのはもちろんだが、不安の根底にトラウマがある場合は、トラウマにも対処しなければならない。そうしないと、その人が悩んでいることに対処するまで、何度も症状が再発してしまう。
誰かの不安な考えや感情がPPSDの兆候かどうか知るには?
それは、その人の人生に何が起きているかという背景に大きく依存する。オケイン氏は、今回のパンデミックをすぐに「大変だったね」と片付けてしまい、パンデミックに関連したトラウマがあったかどうかを調べずに、不安を不安として扱ったり、うつをうつとして扱ったりしてしまうと、本当に重要なことを見落としてしまうのではないかということを心配する。例えば、愛する人を亡くし、その人にお別れができなかった人は、非常に大きなトラウマを抱えている可能性がある。
オケイン氏が心配するのは、もし通常の生活に戻れば、本当に悩んでいた人が病院に相談に行き、うつ病の治療を受けることになるかもしれないということである。しかし、この時期に受けたトラウマに対処せず、それを具体的に治療しないと、何か重大なことを見逃してしまう可能性がある。これは、オケイン氏が日々の臨床現場で目にしていることだ。
どのような人がPPSDを発症するリスクが高いの?
例えば、以前に精神的な問題を抱えていた人や、パンデミックの中でより弱い立場にあった人は、「普通」の生活に戻る際に最も苦労するのではないかと考えられている。しかし、それほど明確なものではない。今回のパンデミックで本当に苦労した若い人たちはたくさんいる。若年層の統計を見ると、本当に大変な思いをしていて、多くの不安や抑うつに苦しんでいる。若い人たちの間では不安定な状態が続いている。だからこそ、この1年間に保護されてきた弱い立場の人々に注目が集まっているのだと思うが、健康上の不安にばかり焦点を当てないように注意しなければならない。実は、それよりももっと大きな問題だと思う。
時には、私たちは社交的で、自分の精神的な健康状態を管理し、ナビゲートするための多くの手段を持っている。しかし、昨年はそのようなリソースがすべて奪われてしまった。人とのつながり、人と会う能力、社交性、ジムに行く能力など、精神を安定させるための要素がすべて奪われてしまったのだから、当然、メンタルヘルスは低下してしまう。
トラウマとは? 発現までに時間がかかる理由は?
パンデミックに起因するトラウマの難しさは、目に見えないということ。もし昨年、戦争に巻き込まれていたら、それは明らかで、誰もトラウマを疑わないだろう。しかし、パンデミックは目に見えない。ウイルスだから、目に見えるものではない。しかし、実際には何千人もの人々が亡くなっているという見出しを毎日のように目にしていた。だからこそ、その損失は現実のものとなったのだ。脳は非常に保護的に働いている。
トラウマがあったり、非常に強い困難があったりすると、脳は機能モードに入り、その時の出来事を文字通り「やり過ごそう」とする。そのため、脅威が取り除かれても、トラウマが処理されていなければ、脳は脅威モードのままになる。そして、まだ何か怖いことが起こっているように感じる。基本的には、まだ追いついていないのだ。そのため、半年後には、トラウマを受けた時と同じような恐怖を感じ、不安や警戒心が強くなり、外に出たくなくなってしまう。
パンデミック後のストレス障害に対処するためにはどうしたらよいのか?
これには個人差がある。ひどく苦しんでいる人には、バランスを取り戻すための薬物療法が必要かもしれない。人によっては、社会的な活動や人とのつながりを持っていれば、それだけで立ち直ることができるかもしれない。すべての人に専門家の助けが必要だとは言わないが、この1年を最小限に抑えることはできないし、「もう終わったことだからいいじゃないか」と言わないことが大切だ。気になったことや本当に悩んだことを話してもらう必要がある。その人にとって快適なペースで適応できるようにサポートすること。
トラウマに向き合わないとメンタルヘルスが害される
パンデミックの結果、どこで行きつまったのか、どこかに困難が残っているのかを認識できるようにし、適切な支援を受けて、バランスと均衡のとれた状態に戻せるようにすることが大事。これらすべてにおいて重要なのは、認識すること。
即効性のある解決策はないのだ。絆創膏を貼って、「これで大丈夫、心配しないで次へ行こう」と考えるだけではない。本当に深い影響を受けている人を目の当たりにするかもしれないし、それを無視したり、最小限に抑えたりすることはできない。
身近な人がPPSDに苦しんでいる場合は
誰にとっても、たまに嫌なことがあるのは当たり前のことで、それは人間の一部だと認識することが大切。しかし、良い日よりも困難な日の方が多く、物事が好転しない、または悪化している場合は、それに対処する時である。日常生活や仕事、人付き合いに支障をきたすようであれば、そこには問題があり、対処する必要があると言えるだろう。
ほとんどの人が人生のどこかでメンタルヘルスに悩んだことがあるのは明らかだが、私たちの文化には、ただやり過ごそうとする「堅苦しい」精神がまだ残っているように思う。
判断せず、オープンな気持ちで会話に臨むことが大切だ。会話を普通にするだけで、悩みを話し始めるきっかけになる。人によっては、誰かが悩んでいることを知っていることを認めるだけでも、助けになることがある。あなたがそばにいて、喜んで話を聞いてくれることを、相手にはっきりと伝えよう。
自分がPPSDで悩んでいるかもしれないと思ったら
重要なことは、誰が悩んでいるかにかかわらず、まず最初のステップとして、友人や家族など信頼できる人を選び、その人に話をすること。PPSDは特定の疾患ではない。医学的に診断される疾患ではないが、心理学の世界では多くの経験者が、この後遺症の影響を最小限に抑えることができないことを理解しているだろう。私は、これがすでに一般的なことであることに疑いの余地はない。もしあなたが悩んでいるのであれば、助けがあるということ。NHSにはIAPTと呼ばれるシステムがあり、英国全土で心理療法サービスを提供している。素晴らしい治療プログラムを提供している。経験豊富な熟練した臨床医であれば、単にパニック障害の症状が出ている人と、パニック症状や不安症状が出ているが、過去1年間の出来事で大きなトラウマを抱えている人との違いを見分けることができるだろう。このような組織が存在すると認識することはとても重要だ。オンラインでも役に立つような資料を提供しているサイトは多くある。
私たちが何年にもわたって伝えてきた重要なメッセージは、もしあなたが悩んでいるのであれば、1人で解決する必要はないということ。あなたが経験していることはごく普通のことなのだから、ためらわずに助けを求めてほしい。もし去年、戦争を経験していたら、なぜ自分が悩んでいるのかを考えることはなかっただろう。それが恐怖の本質なのだと思う。
人によっては、「もう終わったことだし、これから頑張ればいい」と思うかもしれないが、それは難しいことなのだ。だから、勇気を出して一歩踏み出し、適切な支援やサポートを受けることが大切。最終的には、これらの問題は治療可能である。人々は改善することができるし、トラウマに対処して回復し、元の生活を取り戻すことができるが、時には助けが必要な場合もある。
Text : Claudia Canavan / Translation : Noriko Yanagisawa